ジャパネット たかた ネットによって可能になった田舎での作家生活/斎藤純さん<1>:デジタルARENA
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【参考サイトURL】 http://arena.nikkeibp.co.jp/article/col/20060404/116145/
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もともとタイプライターのつもりでワープロを導入(1984年か85年だから、これはけっこう早かったほうだろう)したので、パソコンもその延長のつもりだった。ホームページをつくる気もなかったし、ほかの活用方法も考えつかなかった。 それまで、短い原稿ならプリントアウトしたものをファクスで送り、長い原稿は3.5インチ・フロッピーにコピーして編集者に渡していた。短い原稿といってもプリントアウトすれば30枚から50枚にもなる。電話代も馬鹿にならなかったし、何よりも送信する手間と時間が大変だったから、パソコンによって効率がよくなった。あとはせいぜい海外通販(ぼくは1980年代から海外通販を利用している)で買い物をするくらいだった。 パソコンを導入した直後、電子出版の先駆者であるe-NOVELSに誘われて加わり、WEBでの自著販売とエッセイの連載をした。ぼくはパソコン音痴だったので(今でもそうだが)井上夢人さんにずいぶん助けてもらった。そして、このとき、面識のない担当編集者とメールのやりとりだけで仕事を進めるということを初めて経験した。 2001年、13年間暮らした川崎市から、郷里の盛岡にUターンした。インターネットがあるおかげで、別に首都圏に住んでいなくても仕事ができる。盛岡には中津文彦氏や高橋克彦氏ら先輩作家が暮らしていたことも心強かった(ぼくはワープロを導入する際に中津氏からアドバイスをしていただき、オアシスにした)。そういう意味ではパソコンがぼくのライフスタイルを大きく変えたと言っていい。 今ではこちらから原稿を送るばかりではなく、雑誌によってはゲラのチェックもPDFファイルをやりとりしてできるようになった。ファクスに比べると、ずいぶん効率的だ。もっとも、ぼくの頭のなかまでが効率的になったわけではないので、執筆量が増えたというようなことはない(面識のない編集者と仕事をする機会は増えた)。 ぼくはゲームをやらないし、iPodなども持っていないので、現在もワープロ機能とインターネット、それにデジカメで撮った画像とインターネットで収集した情報の保存がパソコンの主な使い道だ。創造と記録と通信の三本柱である。 引っ越しをしてから、インターネットによる通販の利用が増えた。盛岡は人口30万人の地方都市で、文化レベルも高いといわれているのだが、書店に美術や音楽の専門書は乏しく、CDショップのクラシックやジャズのコーナーもひどく寂しい。市内の古書店もめっきり減ってしまった。結局、インターネットで注文することになる。パラパラと立ち読みをして選ぶ楽しみはないが、長く探していた本を古本のサイトで見つけたことが何度もある。DVDもインターネット・オークションのおかげで安く買っている。そういう意味では有効な使い方をしていると言えないでもない。 インターネット・ショップは店舗を持っていない分、商品のディスカウント率が高い。だから、高価なものは東京に行ったときに店舗で実物を確認し、自宅に帰ってからインターネットで買っている。 もちろん、失敗もある。衣料品を買ったときのことだ。届いた品が画像と違いすぎて(というよりも、画像だけではやはり無理がある)、2度ほど返品をしている。ま、この程度の失敗なら、許容範囲かもしれない。 もうひとつの失敗はクラシックギターを買ったときのことだ。これも楽器店で同じものを弾いて確かめた後、ディスカウント率の高いインターネット・ショップで購入したのだが、店舗で弾いた楽器とは別物の感じがした。エレキギターと違ってクラシックギターは、同じ型番でも一本一本違うということを改めて思い知らされた。 作家。1957年岩手県生まれ。立正大学文学部卒。大学卒業後、コピーライターの傍ら、出版社に投稿を続け、84年『辛口のカクテルを』で北の文学最優秀賞を受賞。88年『テニス、そして殺人者のタンゴ』でデビュー。91年小説家として独立、94年『ル・ジタン』で日本推理作家協会賞。2005年『銀輪の覇者』が「このミステリーがすごい 05年版」でベスト5に選出された。主な著書に『オートバイの旅は、いつもすこし寂しい』『モナリザの微笑』などがある。 によってでおなじみのジャパネットたかた
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